昨日は、細木数子さんの訃報
今日は、瀬戸内寂聴さんの訃報
厳しさの中に、優しさがあるそんな女性が相次いでこの世を去りました。
晩年は、お二人ともこちらの世界とお別れする準備を少しずつしていたような報道もありましたね。
今世を、力の限り生き抜いたお二人のご冥福を祈らずにはいられない気持ちです。
細木数子さん83年 瀬戸内寂聴さん99年
お疲れさまでした。ご冥福を心からお祈り申し上げます。
皆さんは、自分が逝く準備について考えたことがありますか?
自分でなくても、夫や妻が自分より先に逝ってしまうことをリアルに考えたことはありますか?
今まで、話をしたり手を握ったりしていたその人の。
心臓と呼吸が止まった瞬間に、もう二度と話すことも温かい身体に触れることもできなくなってしまう現実。
今度、話すね。今度、きくね。今度、一緒に行こうね。今度、一緒に食べようね。今度、今度・・・たくさんの今度は、心臓と呼吸が止まった瞬間に叶わなくなります。
一緒にいる時間が長いほど、存在していることが当たり前すぎて、意外に知らないことが多いものです。
持っていたり、買っていたりしているものを見て、知ってるはずだったのに案外多い知らないことや、気づいてあげられなかったことも、こんなにあったんだ・・とかおもったり。
知らないクレジット払いがあって、えー・・・聞いてないよ?とか思ったり(笑)
自分の意志で会わないを選択することはあっても、2度と会えなくなる強制終了みたいなことって日常ではあんまりないことなんですよね。
生きてる限り、地球の裏側にいたとしても顔が見れたり、話ができたりする時代だからなおさら。
もう会えない
ということが、リアルに考えられなくなっている時代なのかもしれません。
どんなに叫んでも。どんなに待っていても。どんなに泣いても。
逝ってしまったら。
もう、一緒に話すことも、笑いあうことも、相談することも、けんかすることも、むかつくこともできないから。
見送る準備や、逝く準備はエンディングノート書いたり、身辺きれいにしといたりも
もちろん大事なんだけど。
もっと大事なのは、話をすることだと思うんです。
自分が何を考えていて、相手が何を考えているのか?
伝えること、理解しようとすること
そんな、意識があれば見送る準備と逝く準備の第一歩かなぁと思うんです。
寂聴さん曰く。
寝るときに、大抵の人は明日も生きて目が覚めると思ってるでしょ?厚かましい(笑)寝てる間に死ぬかもしれないし、火事が起きるかもしれない。だから朝目が覚めたら「ありがたい」と思えば感謝しかないんです。
身近な人との会話。ぜひ、楽しんでくださいね。
では、また。