カーマ(愛)

こんばんは。

明日から「光のページェント」が始まる
仙台です。

今年は。

いつもより開催期間が1週間ほど短い。

明日はきっと大盛り上がり。
定禅寺は車の大渋滞が予想されます。

お車の方は「間違えて」定禅寺通りに。
乗り込まないことを。
おすすめします 笑

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さて。
今日のお題は。
「カーマ(愛)」について。

昨日のブログでお伝えしました。
アーユルヴェーダ的。
人生の4つの生きる目的。

ダルマ(法)
アルタ(富)
カーマ(愛)
モークシャ(解脱)

昨日はダルマについてお伝えしました。

今日は。
アルタ?
と思いきや。

カーマ(愛)についてです。

から、あなたが頭に浮かぶことは。
どんなことですか?

愛の定義は。

本当に。幅が広い。

この愛の定義。

自分自身の「親」と大きく関係しています。

親の愛。は本当に深い。
もれなくどんな「親」でもです。

この親に注がれた。

のパターンがあなたの愛を定義付けています。

わたしたちは。
そもそも。
親(親に変わる大人)がいなければ。

生命維持ができません。

赤ちゃんの頃。

あ~わたし。
0歳から自分のことは自分でやってました。
なんて。
いう人は。

いる訳ありません。

栄養をとるのも。
排泄するのも。
温度管理も清潔を保つのも。

み~んな。

親がやってくれていたわけです。

365日24時間。
休みなく。親はあなたを保護してくれていました。

それを証明するのは。

あなたが今。

ここに存在しているということで充分です。

あなたがどんな状況でも。
自分が幸せと思っていても、不幸と思っていても。
関係ありません。

あなたは。
親の愛を注がれた存在なのです。

しかし。

人間の脳は。
当たり前にしてもらっていることを。

あまり。記憶していません。

いつも。

ご飯を作ってもらい。遊んでもらい。身の回りの世話をしてもらい。

は。

当たり前に与えられて当然。
なことと記憶されています。

もちろん。

それが愛だなんて。
思っちゃいないわけです。

逆に。

たま~に。

親が怒った。いつもしてもらっていることをしてくれなかった。
愚痴を言った。風邪をひいて寝込んだ。
寂しい思いをさせた。忙しくて手が回らなかった。などなど。

こちらを。

私の親はい・つ・も。

出来ていない親だった~(怒)
と、記憶しています。

親は。

なんでもしてくれて。当然。
な。わけなのですよ。
もう。召使い状態です。

大人になっても。
自分が自由に生きるための召使いにしてたりします。

こんな。

深い愛を。

子ども脳の感覚で。

大人になってから。

自分の会社や上司。
はたまた。

パートナーに求めようとしてしまいます。

うまく。行くはずがありません。

だって。親じゃないから 笑

親がしてくれた~
親にもっとこうして欲しかった~
親はこんなことをしてくれなかった~
親はいつも自分を優先してくれた~
親は私に対していたらなかった~
親にもっとかまって欲しかった~
親に認められたかった~
親は兄弟の方がかわいかった~

上げれがキリがありませんが。

これが。

上司なら会社ならこうするべき。
パートナーにならこんなことはしてくれて当然。
と。

愛の定義を作り上げていくわけです。

上司や会社、パートナーの立場や環境、仕事量や
責任の重さなどは。

関係なし!です。

親の愛の形を。

あなたに注いでくれる存在は。

いませんよ。

親の愛は。
責任と無償の愛で構成されていますから。

私がカウンセラーの勉強をしている時に。
講師が言った言葉が。
とても印象に残っています。

親ほど。
踏みにじられても。馬鹿にされても。裏切られても。
見下されても。反抗されても。罵倒されても。
愛を注げる存在は。
あらわれません。

その通りだと思います。

親の愛。

まさしくそれが。

アーユルヴェーダの教えるところの。

カーマ(愛)
だと思います。

気付けば。

深夜1時30分・・・

ね・・ねむい。

では。また明日~
↓両方。ぽちっ。よろしくお願い致します♡

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